1. はじめに H15. 3.に昨年末(H14.10.〜12.)の四国八十八ヶ所へんろの記録をホームページ"へんろ日記"にまとめた後、本格的に近隣地域の世話役(役員)....老人会会長、ふれあい町つくり協議会役員、建築協定委員、囲碁サークルの世話役、地域円卓会議委員...になり、地域ボランテェア活動をしてました。せやけど、どこかもの足らないものを感じてましてん。昨年9月の退職前の"退職したら、へんろに出たろ!"というわくわくした感じ、ないからだ。4月に入って、@ 四国へんろをもう一度、A 熊野古道の西国33ヶ寺の巡礼をとぼんやり考えて、本屋で本を漁ってましてん。そうしてたら「よくわかる西国三十三所」(著:佐藤 孝子)が目に付き、早速購入し、その中に紹介されてた「西国三十三所古道徒歩巡礼地図」(著:松尾 心空)を入手して、地図をつらつら見ていると、"歩きたい"という気持ちがみなぎってきました。 "西国三十三ヶ所 巡礼旅程"(計画)を作ってみると、総歩行距離 約1,100Km、37〜40日間の旅になること分かりました。四国巡礼に比べて民宿/旅館/ホテルが少のうて、かつ急峻な熊野古道を歩くこと、33ヶ寺間の距離が圧倒的に長いという問題がありました。因みに1〜2番が191Km、27〜28番が120Km、32〜33番が80Km、29〜30番が73Km、28〜29番が61Kmだ。 これは、四国と同んなじ(同じ)ように一人旅は、でけへん(出来ない)、誰か連れが必要と思いましてん。先ずは、先の四国へんろの'かけ連れ'のKTKBさんに声を掛けてみましたけど、家族に病人があるとのことで時期が合いませんでした。 次に大学の同窓生で昨年奥さんを亡くされ、"西国三十三ヶ所 巡礼"をバスで行きたいと言ってた友人(SSK君)があったんで、5月初旬に電話をしてみましてん。意外にも答えが"行きたい。行こう!歩いて行こう!"という返事でした。友人のSSK君、一杯呑みは好きでっけど、ハイキングや山登りなどから最も縁遠い人でんねん。誘そうたものの"彼、本当に歩けるんやろか?"という不安が、わてを悩ますことになりましてん。彼は、早速、登山靴/リュックサック/雨具などを買い揃え、本気だ。5月中旬〜6月、毎日5Km以上歩き、かつ計9回、六甲山山系、丹生山山系の上り、下りの続くコースを10Kgの荷物を担いで合計350Km以上歩く練習しました。結果、上りこそ少々弱いでっけど、下り/平地は、わてと同じかそれ以上の能力を持つようになりました。 通し打ちは、無理と考え、7月(梅雨/真夏の時期で、熱射病/蛇が心配でっけど....日が長いので)から4回の区分打ちを行い、今年中に終える予定にしましてん。幸い関西に住んでまっから、何処で打ち切ってもその日のうちの家に帰れんまんので気が楽だ。 (注) "西国三十三ヶ所巡礼"について:『"西国三十三ヶ所巡礼"とは近畿・東海の2府5県にまたがる観音霊場を巡拝することをいい、そのルートはわが国最古の巡礼道です。718(養老2)年に長谷寺(第八番札所)の開基である徳道上人によって始められたといわれていますが、こんな話が伝えられています。上人は急な病気で亡くなり、冥土の入り口で閻魔大王に出会いました。「特に許すから、現世へ戻り三十三ヶ所の観音霊場を広めよ」 閻魔大王はこう言うと、上人に三十三ヶ所の宝印を託しました。しかし上人の話はなかなか人々に信じてもらえず、しかたなく上人は中山寺(第二十四番札所)に宝印を埋めて、使命を後世に託したのです。 そして270年後に宝印を掘り出した花山法皇により、"西国三十三ヶ所巡礼"は復興されました。室町期から明治のころまでは盛んに歩かれた巡礼道ですが、都市化が進むにつれて道は寸断されてしまいました。歩く人は徐々に減り、やがて稀となり、現代ではほとんどの人が乗り物を利用して参拝しています。』 [ 'よくわかる西国三十三ヶ所'(著:佐藤 孝子)よりコピー ] 2. 実際に歩いた遍路行程について(1) 第1回区切り (H15. 7. 2.〜 7.12.) : 一番札所 青岸渡寺〜五番札所 葛井寺JR紀伊勝浦から歩いて、熊野古道"まんだらの道"を通って、日本一の落差133mの那智の滝のある一番札所 青岸渡寺へ歩きました。 そこでへんろ用品の不足している物を買い揃え、お寺の宿坊で一泊して、明くる日(7/3)から熊野古道"大雲取越"、"小雲取越"、"中辺路(なかへち)"を通って、紀伊田辺市、南部町、印南町、御坊市、湯浅町の所々残っている熊野古道、旧街道を通って7 日目にやっと二番札所 紀三井寺(和歌山市)までたどり着きましてん。その後、炎天下の路を粉河寺、施福寺、葛井寺まで歩きました。 (ただし、疲労と時間切れ... 18:00以降....で一部交通機関を利用) (2) 第2回区切り (H15. 8. 2.〜 8. 8.) : 近鉄 藤井寺駅〜十九番札所 行願寺(革堂) 近鉄 藤井寺駅から歩いて、二十二番札所 総持寺まで歩く予定でしたけど、台風10号の来襲で8月8日の十九番札所 行願寺(革堂)で中断しました。一年で一番暑い時期に京都を歩いてました。 (3) 第3回区切り (H15. 9. 8.〜 9.19.) : 阪急 河原町駅〜二十八番札所 成相寺 阪急 河原町駅から歩き始め、西本願寺/東寺を経て、二十番札所 善峰寺から二十七番札所 圓教寺(姫路)を経由して二十八番札所 成相寺まで、残暑厳しい中を参詣。途中、圓教寺からの下り路を間違うたことと夢前町/福崎町境の標高約250mの峠路を探して、深い谷に迷い込んで、時間切れで目的地(宿泊地)まで着けへんので、タクシーを使わなあかんようになりましてん。 (4) 第4回区切り (H15.10. 6.〜10.14.) : 北近畿タンゴ鉄道 天橋立駅〜三十三番札所 華厳寺 北近畿タンゴ鉄道 天橋立駅から歩き始め、先ず舞鶴市を横切り二十九番札所 松尾寺をお参りして、若狭湾沿いの街道、鯖街道から今津港を経て船で琵琶湖 竹生島の三十番札所 宝厳寺へ。船で彦根港に行き湖岸を南下して三十一番札所 長命寺、三十二番札所 観音正寺から中山道を経て三十三番札所 華厳寺へやっと辿り着き、結願しましてん。前3回の区切りに比べ、気温が下がり快適なへんろでけました。 (5) 善光寺へお礼参り (H15.10.15.〜10.16.) : 近鉄バス 谷汲駅(岐阜県)〜 善光寺(長野県) 結願のお礼に、長野県の善光寺へお礼参りに行きましてん。朝6:00の'お朝事(あさじ)'に参加しましたけど、寒さに震えてました。 [ 参考 ] 下記資料を添付しま。興味のある方は、クリックしてみとくなはれ。 @ "西国三十三ヶ所へんろ参詣ルート" (実際に歩いたルートの略図、番号をクリックしたら、その札所/寺院にジャンプしま。) A "熊野古道と九十九王子参詣" B "西国三十三ヶ寺 巡礼旅程(総実績)" (実際に歩いた距離、時間、宿泊所等の詳細。番号または寺名をクリックしたら、その札所/寺院にジャンプしま。) * 総歩行距離 : 1,034Km ([第1:266.1Km]+[第2:186.2Km]+[第3:330.2Km]+[第4:251.5Km]) * 一日平均歩行距離: 26.5Km/日 ([第1:24.2Km/日]、[第2:26.6Km/日]、[第3:27.5Km/日]、[第4:22.9Km/日]) * 一日平均歩行時間: 8時間45分/日 ([第1:9時間14分/日]、[第2:9時間8分/日]、[第3:8時間48分/日]、 [第4:6時間26分/日]) .... (含む、休憩・昼食、参詣・納経などの時間) * 平均歩行時速 : 3.02Km/時間 ([第1:2.62Km/時間]、[第2:2.91Km/時間]、[第3:3.12Km/時間]、 [第4:3.55Km/時間]).... (含む、休憩・昼食、参詣・納経などの時間) 3. "へんろ日記"下のカレンダーイタリック体の文字にカーソルを持っていき、カーソルが手のマークに変わったら日記のあるページだ。クリックしてみとくなはれ。
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