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1. はじめに

 H17.11. 7.に西国・板東・秩父百観音巡礼を成就し、「次、何処行こかなぁ?」と考えてましてん。ふと頭に芭蕉の”奥の細道”が浮かんできました。”奥の細道”云うたかて、学校でちょっと習った程度で、芭蕉がどんな所を旅したか?全く知りまへん。おまけに俳句の知識も殆どおまへん。けど、東京より北へ旅行に行ったことありまへんので、旅行したい気持ちになりましてん。 相棒は、いつものMR. SSKを説得しました。
 日程を10日〜2週間程度とし、歩行を主とし、日程短縮のため、部分的に列車、タクシーを利用することにしました。 彼は、今回も"奥の細道を旅する"(JTBキャンブックス)と昭文社のマップルシリーズの地図、"県別マップル 宮城県"、"県別マップル 山形県"を購入して、旅程を作成して、インターネットで安い宿泊設備を探してくれました。
 今回は、へんろ・巡礼とちゃい(違い)ますので、菅笠・笈・頭陀袋・納経帳が要りまへんので、荷物は少し楽でした。
 へんろ・巡礼やったら、目的地がお寺ですのではっきりしてまっけど、今回の旅は、約300年前松尾芭蕉が旅して通過したという場所を巡るもので、句碑、案内板、芭蕉像、などが殆どで、残っている建造物は少々でした。

 (注) "奥の細道"(松尾芭蕉の紀行)について:

 芭蕉が元禄2年、46歳の3月下旬、江戸を出立し、奥羽・北陸をめぐり歩いて、8月20日過ぎ大垣にたどりつくまで、約5ヶ月の旅行を素材にした文学的紀行で、芭蕉の紀行作品中の最大の長編であるばかりでなく、質的にも紀行の総決算的な意義を持つ。日本のそれまでの紀行が旅の事実を書くという枠を守っているのに対し、芭蕉は必ずしも事実にこだわらず、文学的であることを主眼に置いている。地の文と発句との呼応に工夫を払い、全体の構成にも変化と調和に留意していることは、門出の留別吟を最初「鮎の子のしら魚送る別哉」としたのち、末尾の「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」に呼応させるために改案して「行春や鳥啼魚の目は泪」とした一事によっても察せられる。わが国紀行の代表作の一つであるが、全体が詩的作品であって、旅を素材にして自己の抱懐する風雅的世界を描いたものである。またこの旅行は芭蕉の作風展開の上で画期的な意義を持ち、旅行中に不易流行論を考案した。 (国史大事典(KK吉川弘文館)より、引用)

[ 参考 ] 下記資料を添付しま。興味のある方は、クリックしてみて下さい。

  @ 芭蕉の'奥の細道'全行程図 (松尾芭蕉の歩いたルートの略図)
             地図上の赤字クリックしたら、その場所にジャンプします。

  A "奥の細道"旅行 旅程(実績) (実際に歩いた距離、時間、宿泊所等の詳細。日付または延べ日をクリックしたら、その日のページにジャンプャンプします。)

  * 総歩行距離     : 1,619.7Km ([第1: 263.2Km]、[第2: 65.3Km]、[第3:137.9Km]、[第4:255.9Km]、
                 [第5:254.3Km]、[第6:98.0Km]、[第7:227.8Km]、[第8:130.9Km]、[第9:186.4Km])

  * 一日平均歩行距離: 22.19Km/日 ([第1: 21.9Km/日]、[第2: 16.3Km/日]、[第3:19.7Km/日]、
                 [第4:25.6Km/日]、[第5:23.1Km/日]、[第6:19.6Km/日]、[第7:25.3Km/日]、
                 [第8:18.7Km/日]、[第9:23.3Km/日])

  * 一日平均歩行時間: 7時間28分/日 ([第1: 7時間16分/日]、[第2: 6時間29分/日]、[第3:8時間11分/日]、
                 [第4:7時間54分/日]、[第5:7時間28分/日]、[第6:6時間12分/日]、[第7:8時間22分/日]、
                 [第8:6時間37分/日]、[第9:7時間41分/日]) ....  (含む、休憩・昼食などの時間)

  * 平均歩行時速   : 2.97Km/時間 ([第1: 3.01Km/時間]、[第2: 2.52Km/時間]、[第3:2.41Km/時間]、
                 [第4:3.24Km/時間]、[第5:3.10Km/時間]、[第6:3.16Km/時間]、[第7:3.03Km/時間]、
                 [第8:2.83Km/時間]、[第9:3.04Km/時間])....  (含む、休憩・昼食などの時間)
 

2. 旅程について